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トピックス : 9月17日(月)産経新聞 「正論」に寄稿しました。
投稿日時: 2012/9/17

 ■母の写真見つめたヘギョンさん

 
 10年前の今日、小泉純一郎首相訪朝による日朝首脳会談と、その結果を拉致被害者の家族に伝える様子を自宅のテレビで見ながら、日本政府は「また」同じことをやっている、と慨嘆していたことを思い出す。政府は、「5人生存、8人死亡、他は未入境」と北朝鮮側が言ってきたことを、事実確認もせずに各家族に個別に伝えていた。自国民の生死をも、相手国の言うがままに受け入れる姿勢は戦後日本外交の悲しい現実だ。
 
 ≪キルギス誘拐事件との相似性≫
 
 私は同じ2002年の8月、駐ウズベキスタン兼タジキスタン大使としての3年間の勤務を終え、帰国したばかりであった。着任早々の1999年8月、キルギスの山中で、日本人鉱山技師4人が、イスラム原理主義グループに拉致されるという事件が発生した。
 
 犯人グループは直後に日本人たちを連れて、隣国タジキスタンにある彼らの拠点に移動した。人質を救出するためには、確実な情報を持ち、犯人グループに影響力を持つタジキスタンとウズベキスタンの協力がどうしても必要だということは自明であった。
 
 ところがこの時、外務本省が打ち出したのは、戦後ずっと取られてきた外交方針と同様、「事件発生国キルギス政府に全てお任せする」というものであり、ウズベキスタンの日本大使館には「情報収集のみ」との指示であった。
 
しかし、自分が大使として管轄する国で日本人が人質となり、その命が危険に晒(さら)されているのに、情報収集のみで良いとは到底納得できず、夫、中山成彬からも「日本人の命を守ることが大使の任務だ」と背中を押され、辞表を胸に独自の判断で救出に当たった。
 
 若い館員たちも事態を深刻に受け止めて全精力を注ぎ、発生から64日後、4人はタジキスタン北部山中で無事に保護された。しかし、日本政府の要請で、4人はキルギスで解放されたこととするためキルギスへ運ばれ、同国政府から日本に引き渡されたのだった。
 
 人質救出の過程で、国民の命よりも他国のことを慮(おもんぱか)り、自分たちの責任を逃れようとする外交姿勢に何度、慄然としたことか。10年前の9月17日、あの背筋の凍るような感覚が蘇(よみがえ)る思いだった。
 
 ≪外交の基礎は国民を守ること≫
 
 その10日後、思いもよらず北朝鮮による拉致被害者家族担当の内閣官房参与に任命され、翌月10月15日には、蓮池薫さん、祐木子さん、地村保志さん、富貴恵さん、曽我ひとみさんの5人を平壌に迎えた。一目見て、日本人本来の心、礼儀正しさを失わず、想像を絶する苦労を耐え抜いたが故の強さと優しさを感じた。聞いたところ、北朝鮮からの「出張」命令での訪日であり、日程表には北朝鮮に残してきた子供ら家族へのお土産を買う時間も用意されていた。
 
首脳会談の平壌宣言に「拉致」の文言は入っていない。拉致被害者を帰国させる、取り戻すことは全く考慮されていなかったのだ。
 
 だが、5人は猿轡(さるぐつわ)をはめられ、手足を縛られ、袋詰めにされて無理やり連れて行かれた、犯罪の被害者である。私は、どのような理由であれ、被害者たちを拉致犯の手に再び戻すことがあってはならないと考え、官邸内の会議でそう主張した。
 
 激論の末、10月24日夕、「日本政府が5人を日本に留(とど)める」という政府発表を出すことができた。これまで蔑(ないがし)ろにされてきた、国家の意思として「国民を守る」という当然の考え方が、日本外交に取り入れられた瞬間であった。
 
 ≪被害者全員解放を重要課題に≫
 
 平壌空港で会った横田めぐみさんの娘、キム・ヘギョンさんの姿は今も目に焼き付いている。鞄(かばん)に入れていた横田早紀江さんの著書『めぐみ、お母さんがきっと助けてあげる』を手渡すと、彼女は、日本語は読めないながら表紙にある自分とそっくりなめぐみさんの写真をじっと見つめていた。
 
 あれから10年、25歳となり結婚したと伝えられるキム・ヘギョンさんとめぐみさんが2人揃(そろ)って、もちろん全拉致被害者とともに日本の土を踏むことを必ず実現しなければならない。戦後自国民を守れなかった、守ることを置き去りにしてきた国家の責任である。
 
人質事件では人質を取る側が絶対的に優位だ。北朝鮮では、日本人を帰国させることなど考えていない。5人は今も出張先に留まっているとの位置付けだろう。根底から認識が違うと知るべきだ。
 
 2004年の小泉再訪朝の際、金正日総書記は「起点に戻って調査させよう」と述べた。「拉致被害者が他にもいる、死亡と伝えられた人々が生きている」ことを意味する遺訓である。金正恩体制が遺訓を継ぎ、被害者を解放し帰国させる決断をするよう、あらゆる対策を取る必要がある。新体制の考え方が固まってからでは遅い。
 
 そのためには日本に国民を守る強い意思を持つ安定した政権が必要だ。他国に拉致されている自国民を放置するような国家は国際社会では当然ながら信頼されない。
 
 今この時も救出を待ちわびる拉致被害者の帰還を、政府の最重要課題と位置付けねばならない。(なかやま きょうこ)



 
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