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トピックス : 2013年5月9日「たたずまいの美しい国、日本へ」
投稿日時: 2013/5/14

■たたずまいの美しい国、日本へ 

独立自存の道義国家」を目指す「国民の憲法」要綱が発表された。一国民としてはむろん、北朝鮮による拉致問題に関わってきた者としても心から歓迎する。

 
 ≪国民を守る国家の意思≫
 
 横田めぐみさんが拉致された1977年当時、日本海側に北朝鮮工作船が頻繁に出没し、警察当局は沿岸警戒態勢を取っていた。北朝鮮工作船の暗号電波を傍受し、協力者宅からは拉致の指示と解析される乱数表も押収されていた。当初から北朝鮮による拉致の疑いが濃厚との情報を得ていながら、何らの対応もしなかった。
 
 なぜか。当時の日本に国家が国民を守るとの基本的な意思が欠落していたからと言えよう。拉致問題は多くの家族に深い悲しみと苦しみを与えながら、三十年余を経てなお解決をみていない。
 
 戦後日本は「情報」は悪との風潮に支配され、国際情報機関を持たぬまま今に至る。「情報」は、武力に訴えずして平和を維持するために必須である。拉致問題に関わっていて、日本が情報機関を備えて各国と交渉できていれば、との痛切な思いがあった。一刻も早く国際情報を扱う組織を創設し、人材を集め育成せねばならない。「独立自存」への第一歩だ。
 
 ≪文化に根差した独自の憲法を≫
 
 今後の日本社会の基本となる憲法は、現行憲法の条文ごとの改正ではなく、日本が育んできた文化に根差した、日本国民自らが熟慮し制定する独自の憲法でなければならない。20世紀、世界を席巻した西洋近代文明があたかも普遍的であるかの如(ごと)く捉えられてきた。日本も西洋文明から多くを取り入れたが、全てが普遍的に正しいわけでもないという点を、改めてじっくりと考える必要がある。
 
敗戦後の日本で、民主主義、多数決、個人主義、人権といった概念は絶対の真実のように考えられた。だが、例えば、個人主義が徹底した社会は非常に孤独な社会になりがちで、決して好ましい社会の有り様(よう)ではない。日本が大切にしてきた家族の温かさ、その何ともいえぬ温(ぬく)もりある社会は長い年月をかけて培ってきたものであり、決して失いたくない。
 
 人権についても、その単語自体はなかったものの、日本人は常に互いに他を思いやり遠慮し合いながら生きてきた。そこには、生きとし生ける者への慈しみの心があり、西洋の人権をはるかに超えた概念が包含されている。
 
 個々の社会、地域が育んできた文化は固有の価値があり、尊重されるべきものである。国際法を遵守(じゅんしゅ)しつつ、法の在り方は各々の文化を基にしたものであってよい。
 
 ハンチントン氏は世界の文明を8つに分け、キリスト教、イスラム教文明と並び日本は一国で一文明を有していると書いた。
 
 日本が長い歴史の中で多種多様の異文化も咀嚼(そしゃく)し熟成させた文化は、豊饒(ほうじょう)さと包容力を誇る。湿潤な風土は、物事を白か黒かで割り切ることのない精神性も育んできた。その日本文化は21世紀、ポストモダンの時代に国際的に大きな存在感を示し平和に貢献し得る。我々は自らの歴史と文化の深みと価値に気付かねばならない。
 
≪道義国家を体現した抑留者≫
 
 大使として3年を過ごしたウズベキスタンの首都タシケントに、ナヴォイ劇場という素晴らしい建築物がある。壁面のプレートに、「45年から46年にかけ極東から強制移送された数百人の日本国民がこの劇場の建設に参加し、その完成に貢献した」と刻まれている。「日本人捕虜」という表現を、91年、ソ連からの独立後初の外交案件として「日本国民」に改めたとカリモフ大統領から伺ったことがある。「日本と戦争したこともなければ日本人を捕虜にした覚えもないから」との理由である。
 
 シベリアに抑留され中央アジアで重労働に従事させられた「日本国民」の働きぶり、生活ぶりは現地の人々に感銘を与え、今も語り継がれている。66年に首都を大地震が襲い、周りの建物は全て崩壊したにもかかわらず、この劇場はびくともしなかったという。
 
 戦争に負け帰国できるかすら分からない中にあってなお、若者達は日本人として恥ずかしくないように陰日向(かげひなた)なく働き、良い物を残した。彼らは各地で任務に就いていた混成部隊である。当時の若者達に、「お天道様が見ている」という教えが家庭や社会を通じて広く浸透していた証左だろう。
 
和を重んじ、家族を大切にし、嘘をつかず、卑怯(ひきょう)を恥とし、清潔に規律正しく暮らす。素朴な徳目を、日本人らしい立ち居振る舞いを、国民一人一人が思い起こし実践することで国全体のたたずまいまで美しくなると信じている。
 
 その意味で「国民の憲法」要綱は示唆に富む。さらに言えば、憲法とは物の根底の事柄を扱うものであり、法律で対応可能な項目はできる限り法律に委ねるのが日本の風土に合致する。西洋の法理論に則(のっと)った多くの条文と章建てを前提とせず、日本独特の雰囲気を湛(たた)える憲法の制定に動き出そう。(なかやま きょうこ)



 
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