中山恭子オフィシャルホームページ
 
文字を大きく デフォルト 文字を小さく
ホーム プロフィール 北朝鮮による日本人拉致問題 国政活動 日本文化による国際貢献 書籍のご紹介 後援会のご案内
 
トピックス : 正論 2015年1月号「このままでは拉致被害者の奪還は不可能だ」
投稿日時: 2015/1/28

参議院議員 中山恭子

日本政府の調査団が北朝鮮から十月三十日、帰国しました。拉致問題に関しては事実上のゼロ回答でした。かねがねこの交渉を危惧し、折に触れて警鐘を鳴らしてきましたが、その心配が現実になったと痛感しています。今の交渉をこのまま続けても拉致被害者が救出されることはありません。

一刻も早くこの交渉をいったん止める必要があります。そして交渉当事者を外務省から、拉致被害者に関して十分な情報を持つ拉致担当大臣を中心にした警察関係者などに代えたうえで、北朝鮮に対し、拉致被害者を全員帰国させる決断を迫る交渉を進めるべきと考えます。北朝鮮側の担当者も拉致問題について判断権限を持つ者に代わらなければならないことは勿論です。

拉致被害者を取り返すべく外務省は動いてくれている、と信じている方は依然いるかもしれません。いくら働きかけても北朝鮮が言うことを聞かないから事態が進まない。こう考えている方もいるでしょう。北朝鮮相手の交渉が難しいことは確かですが、問題はそこにあるわけではありません。

千載一遇の好機到来

まず北朝鮮を取り巻く情勢を見ますと、二〇一四年に入り、北朝鮮は日本との接触を強めました。拉致問題が進展するのではないか、との見方が広がりました。

二〇一三年十二月、北朝鮮の最高幹部、張成沢氏が粛清・処刑されました。張成沢氏は中国とのパイプ役として重要な役割を担っていましたので、北朝鮮と中国との関係は険悪になってしまいました。金正恩第一書記は、未だ中国公式訪問もできておらず、ロシアとも良好な関係がまだ築けていません。米国には「ならず者国家」と見なされ、北朝鮮の孤立は深まるばかりです。打開のために拉致問題が動きだすだろう、今がチャンスだと、さまざまな機会に発言してきました。

問題だらけの合意文書

ところが五月二十九日付で公表された日朝政府間協議の合意文書(ストックホルム合意)を見て、衝撃を受けました。背筋が寒くなる思いでした。合意文書の冒頭はこうなっています。

《双方は、日朝平壌宣言に則って、不幸な過去を清算し、懸案事項を解決し、国交正常化を実現するために、真摯に協議を行った》

私達は北朝鮮との国交正常化の交渉を論じる前にまず拉致被害者が救出されなければならないと考えてきました。日本政府も拉致問題が解決しなければ国交正常化など許されないという立場だったはずです。

二〇〇二年九月十七日に小泉純一郎首相が訪朝し、金正日総書記と首脳会談を行い、平壌宣言に署名しました。当時の日本政府は北朝鮮が拉致問題を認めて謝罪すれば、国交正常化をするという考えでした。つまり、外務省の仕事は日朝国交正常化をすることであり、拉致被害者の救出は念頭にありませんでした。

十月十五日、五人の拉致被害者が出張目的で日本に帰ってきました。地村保志さん夫妻、蓮池薫さん夫妻、そして曽我ひとみさんの五人です。

当時、この問題を担当していた安倍晋三官房副長官の下で開かれていた会議で、五人を日本に残すべきであると主張しました。そう簡単なことではありませんでしたが、最終的には安倍官房副長官が、「解った。そうしよう」と決断して下さり、五人は日本に留まることとなりました。その後家族も無事日本に到着し、頑張っています。

この間、テレビの取材中に、「国家の意思の問題だ」と発言しましたら、全国から多くの非難の電話、メール、ファックスが寄せられました。たった十二年前のことですが、日本では、「国家」と言う単語を使うことすらタブーでした。国家が自分の国の国民を守る、領土を守る、国防といったことは口にしてはならないことだったのです。

国家の意思で拉致被害者を守るべきであるとの方針は、総理のご了解も得て、政府の方針とされていました。小泉総理は「拉致問題の解決なくして、国交正常化なし」という非常にわかり易いフレーズを機会ある毎に、発信して下さいました。まず拉致問題を解決すべきで、それがなければ、北朝鮮との国交正常化などあり得ない。これが以来続いてきていた方針でした。

救出のマインドなき外務省

ところが、このストックホルム合意は冒頭から二〇〇二年以前の外務省の考え方に戻ってしまっています。ストックホルム合意は、拉致被害者の救出が、最重要課題となっていません。日本側は、日本人遺骨の問題、墓参の問題、日本人配偶者の問題、拉致被害者の問題について調査を包括的かつ全面的に実施することを要請したとなっています。外務省の説明によれば、拉致問題が置きざりにされないために、これらの調査を同時並行的に行うこととしたとのことです。日本は、工作員の侵入も防げず、袋詰めにされて連れ去られ、北朝鮮で監禁状態に置かれている日本人、国家による犯罪の被害者を生きて救出できるよう優先して取り組まねばならない筈です。しかし、ストックホルム合意は、国交正常化が日本政府の仕事であり、拉致問題はそのための懸案事項のひとつに過ぎないとの立場に立った合意となっており、拉致被害者が帰国することは殆ど望めません。

この合意文書は、日本側に―北朝鮮側だけでは決してありません―拉致被害者を救出して帰国させようという意思やマインドがまったくないことを示してしまった文書です。

拉致問題が最重要課題となっていないことはこの合意文書の冒頭だけでなく随所に読み取れます。

北朝鮮側の取る措置として《第五に、拉致問題については、拉致被害者及び行方不明者に対する調査の状況を日本側に随時通報し、調査の過程において日本人の生存者が発見される場合には、その状況を日本側に伝え、帰国させる方向で去就の問題に関して協議し、必要な措置を講じることとした》と書かれています。

日本人が発見された場合に「帰国させる」と約束しているのではありません。「帰国させる方向で去就の問題に関して協議する」となっています。北朝鮮は被害者を日本へ帰国させるつもりは絶対ありませんよ、と言っているに等しいのです。《…生存者が発見された場合には、日本政府の者が人定確認をし、直ちに帰国させる》との文言でなければなりません。

拉致被害者には必ず指導員がついています。拉致被害者は指導員から指示された言葉以外は、決して口に出来ません。

小泉総理の二度目の訪朝の際、総理は北朝鮮に残されていた曽我ひとみさんの夫ジェンキンスさんと二人のお嬢さんに対し、一緒に日本へ行きましょうと約一時間かけて説得しました。

ところが、日本の総理大臣が説得しても、ジェンキンスさんとお嬢さん二人は「今日、どうしてひとみを連れてこなかったのか」「どうしてお母さんを連れてきてくれないんですか」と繰り返し小泉総理を非難したそうです。被害者は指導員が指導した言葉以外の言葉を決して言えません。私はその場にいたわけではありませんが、そのときの事情をあとで知りました。

曽我ひとみさんの帰国から一年九カ月後、ひとみさんと夫ジェンキンスさん一家はインドネシア・ジャカルタで再会しました。ジェンキンスさんと二人のお嬢さんを日本政府がチャーター機で平壌に出迎え、北朝鮮を出国、ジャカルタに到着後、家族四人がジャカルタのホテルで過ごしました。

約一週間後、ジェンキンスさんが日本に行きたいと伝えてきました。慌ただしい時でしたが、私は「平壌で、日本の総理が『一緒に日本に行こう』と熱心に説得したのに、なぜ一緒に日本に行きたいと言わなかったのか」と尋ねました。

ジェンキンスさんは、何故そんな質問をするのかと、キョトンとした様子でしたが、「あの時、もし自分が日本に行きたいと言っていたら、総理はそのまま飛行場に行くだろうが、自分たちは別ルートにされ、そのあいだに三人とも殺されていましたよ」との答えが返ってきました。「なぜそんなことが分からないのだ」と言いたげでした。

被害者は北朝鮮で「日本に行きたい」とは絶対に言えないのです。指導員から、「北朝鮮で幸せな生活をしているから日本に行くつもりはない」と言いなさいとの指導があれば、その通りの発言となり、ストックホルム合意に従えば、被害者の去就は北朝鮮に残ることとなります。

まず大前提としてそのことをしっかりと認識して事に臨まなければなりません。

担当者に「…直ちに帰国させる」となぜ書かなかったのか、と問い質しました。すると「帰国させる方向で」という単語は日本側の主張で入れたものですと満足げな答えが返ってきました。だから問題はないといわんばかりでした。

日本は「ちょろい」

合意文書の第三パラグラフには《北朝鮮側は…全ての日本人に関する調査を包括的かつ全面的に実施し、最終的に、日本人に関する全ての問題を解決する意思を表明した》という表現があります。

今回実施する調査の結果を示したら、それで全て終わりにしますと言っているのです。拉致被害者の解放については、それで終わりか否かは、日本側が納得できるかどうかの問題だと考えます。

二〇〇二年死亡と伝えられた時、横田めぐみさんは病院の裏庭で木の枝にひもを下げて自殺したと伝えてきました。ところが、その病院の裏庭には自殺できるような枝のある木は一本も無かったことがはっきりしています。すると二〇〇四年に遺骨を出してきました。この遺骨も別人のものであることが鑑定されました。そして、先月、死亡の原因は薬物の過剰投与であったと、脱北者を使って言わせています。

今回、北朝鮮がゼロベースで調査しなおすと述べたことについて、死亡したと伝えてきた被害者が調査の結果生存しているとの報告があるのではないかと期待する者もいるようです。しかし、ゼロベースで調査をするとの意味は、二〇〇二年の時の死亡についての説明が子供だましのようなあまりにも杜撰なものであったので、もう少し辻褄の合う説明を作りますとの意味であると解釈して対応するのが妥当だろうと考えます。

そして、上手く説明できる調査報告を作れたら、それを通報し、日本人に関する全ての問題を終了する。日本側が納得しようとしまいと、最終的なものであるということを合意したというのがストックホルム合意なのです。日本側もそれをのんでいるわけです。

あくまで国交正常化が目標であり、それが自分達の仕事だと考えている外務省には拉致被害者を救出しなければならないという考えがもともとないのだと言わざるを得ません。遺骨の問題、墓参の問題など利権に絡む案件を進めながら、拉致問題については形だけ整えばそれで良しとも言える対応は極めて残念なことです。

さらに、合意文書には「包括的」という言葉が随所にあります。それは決して拉致を先行させることなどないという意味です。

合意文書には《調査は一部の調査のみを優先するのではなく、全ての分野について、同時並行的に行うこととした》とあります。そこまで手が打たれて、それを日本は了承しているのです。

合意後の北朝鮮側の反応は「日本はちょろい」というものでした。大勝利だと考えているのです。北朝鮮は、制裁の一部解除という実質的な成果も得た、このルートを壊さずに、このルートで日本側と交渉を続けようとしています。

もちろん、北朝鮮の中には、拉致問題解決、拉致被害者の帰国なしに、日本が国交正常化を進め、巨額の経済支援を行うことはないと考えている人々がいます。ところが、あまりにも簡単に日本側が折れて北朝鮮の言いなりになってしまっており、しかも思いがけない成果が得られているので、これらの人々は、今は沈黙しているに違いありません。拉致被害者の問題に手を付けずとも日本から大きな成果が得られるのですから、当然のことです。

ストックホルム合意が発表された直後の六月一日でした。茨城県那珂市で国民集会が開かれました。被害者のご家族の方も参加し、政府からの出席者もいました。拉致問題が進展するようだと大きな期待に包まれていました。私は正直気が重かった。でも、やっぱり言っておかなければならないと思い、今回の合意では、拉致被害者が帰国することにはつながりませんと述べました。チャンスではあるけれども、非常に危険な合意で、むしろこの交渉はいったん止めなければいけないとまで主張しました。会場はシーンとしてしまいました。

安倍総理は被害者を必ず取り戻すと繰り返して言ってらっしゃる。にもかかわらず、そこを通り抜ける形でこうした合意が結ばれてしまっていることは不可解です。被害者の家族は、安倍総理だったら、何とかしてくれるのではないか、と頼っています。すがる思いといってもいい。

総理は救出したいと本気で考えていらっしゃる。それがわかっていながら、なぜ外務省はこういう合意を平然と結んでしまうのか。しかも外務省はこの合意について「安倍総理了解のうえで合意した文書だ」と公の席で説明しています。あまりに無責任です。

軽くあしらわれた政府代表団

今回、訪朝の直前になって安倍総理は今回の訪朝団の役割は、拉致問題が最重要課題だと伝えに行くことだと発言されました。菅義偉官房長官からも同様の発言がありました。これまでの交渉では拉致問題が最重要課題として扱われていなかったということを明確に示しています。ストックホルム合意を修正したい、その意思表示のための訪朝と考えられます。

訪朝時の様子で北朝鮮の態度は一層よくわかったと思います。保衛部の副部長として現われた人物の記章が階級の低い星が一つだった点は多くの方々が指摘しています。着ていた洋服も保衛部の副部長が身に着けるものとは言えません。会議が開かれたのは彼の執務室と称される場所でした。報道の写真で見ますと、いかに軽くあしらわれているかを直ちに読み取ることが出来ます。外国政府の代表団との会議ですから、普通は壁も机も椅子もきちんとした格式のあるもので、通常はシャンデリアがある会議室が用意されている筈です。今回の会議室はこの方の執務室というより、急きょテーブルを入れてつくった部屋だったのかもしれません。北朝鮮は言葉ではなく、このようなやり方で北朝鮮の意図を示してきます。いかに軽く見ているか。それがわかると思います。このような対応であれば、交渉にならないと言って帰ってきて良かったのではないかと思います。

拉致交渉の仕切り直しを

拉致問題をこのまま外務省に任せていいのか。私達は本気で考え直さねばならないと思います。安倍首相は拉致問題が最重要課題だと言い続けている。にもかかわらず外務省の動きはそうなっていません。そもそも外務省は国交正常化を仕事としており、犯罪に関わる交渉は外務省の管轄を超えています。テロや人質を専門とする知見を持った人々が担当すべきと考えます。

外務省は、現在交渉の線が切れれば、拉致もダメになると主張するかもしれません。しかし、この交渉をいくら続けても、遺骨のビジネスや日本からの支援事業だけが進み、拉致被害者の救出には到達しないでしょう。であれば、交渉の仕切り直しが必要です。

農産品交渉は外務省ではなく農水省が行います。航空協定の交渉も国交省が行います。自動車交渉は経産省です。拉致被害者の救出も、外務省のテーマではないはずで、犯罪被害者の救出という意味で警察や、拉致対策本部が中心になってやるべきだと私は考えています。

「平壌宣言」と「ストックホルム合意」、そして今回の出来事の根底には、国土を守り、自国民を守ることを遠ざけてきた戦後の日本外交の欠陥があり、それが如実に突きつけられていると言えましょう。外交とは当たりの良い言葉だけで成り立つものではありません。国家を背負って時に厳しく臨み、戦わねばならない場面だってあるはずです。そのためにはまず今も自由を奪われ、救出を待っている私達の同胞に思いを馳せること、そして何としても助け出すのだという気持ちを持って臨むことが不可欠だと考えています。

最後にひとこと。いいたいのは

まず拉致問題にしぼって交渉せよ。ということです。

(構成 本誌・安藤慶太)

中山恭子氏
昭和15(1940)年、東京生まれ。東京大学卒。大蔵省入省。同省初の女性課長や初の女性地方支分部局長を務め、平成5年に退官。ウズベキスタン兼タジキスタン特命全権大使、首相補佐官など歴任。平成19年、参院選に自民党比例区から出馬し当選。拉致問題担当相など歴任。その後、たちあがれ日本、日本維新の会を経て次世代の党に所属。著書に『ウズベキスタンの桜』『国想い 夢紡ぎ』など。



 
北朝鮮による日本人拉致問題
国政活動
日本文化による国際貢献
書籍のご紹介
後援会のご案内
リンク
リンク
 
 
▲このページのTOPへ