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国政活動報告

国政活動報告

参議院議員として所属する委員会での質疑をはじめとして、幅広く活動しています。
国政活動報告
国政活動報告 : 2013年5月30日 参議院財政金融委員会
投稿日時: 2014/10/27

中山恭子君

日本維新の会、中山恭子でございます。

本日は、破綻金融機関の処理のために講じた措置の内容等に関する報告に関する質疑ということですので、日本振興銀行の破綻処理についてまず質問いたします。

日本の金融行政は、一九九八年、当時の金融ビッグバンによって事前指導型から事後監視型へ転換いたしました。二〇〇一年には一般企業が銀行業に参入しやすいように規制緩和され、間口も広がりました。

日本振興銀行が中小企業融資に特化し、決済用預金を持たない新しい形態の銀行として免許を得たのは、その三年後の二〇〇四年のことでございました。その後、日本振興銀行は二〇一〇年五月に検査忌避及びその他の法令違反行為等について行政処分を受け、同年六月には検査忌避行為について告発されました。

日本振興銀行の破綻処理に当たっては初めてペイオフが実施され、預金者に負担を強いることになったほか、多額の公的資金が投入されることになりました。経営状況を早期に是正していれば、結果的に預金者や納税者の負担を軽減することができたとも思われます。

当時、大蔵省批判、官僚批判が激しかったころでございました。裁量行政といった批判を恐れる余り、日本振興銀行に対するその開業から経営破綻に至るまでの検査監督においてちゅうちょした対応があったのではないか、また、その結果、法のすき間をつかれたのではないかとの指摘があります。

先ほど大臣から、長官からでしょうか、安全に対して十分対応していくとのお答えがありましたが、それだけではなくて、この一連の流れを見ていますと、官僚組織がむやみに敵視される状況の中、余りにも萎縮していたのではないだろうかという思いがいたします。

今後、自由化、グローバル化を、それを信奉するだけの政策が裏目に出たとも言えますので、今後、この一例を基にして、ただ自由化すればいい、規制緩和すればいいというのではなく、日本の状況に合わせた検査監督を行っていただきたいと思っておりますが、大臣の御所見を伺います。

国務大臣(麻生太郎君)

振興銀行と今言っておりましたけれども、木村剛らのこの旧経営陣の最初のころのモデルというのは、一応、ミドルリスクマーケットマネジメントでしたかね、何かそんな言葉を使って、何だ、その怪しげな言葉なんて言っておちょくったことも記憶がありますので、私どもは。

それで、結果的に融資をビジネスモデルにしていたんですけれども、早い話、伸び悩みましてね、これ。だんだんだんだんうまくなくなってきて、たしか商工ファンドからの資金の、貸金業者から債権買取り業務を開始とか、大体その辺から何となく怪しげなことになってきたという感じは皆あったと思っておりますけれども、いろんな形で十分な審査、管理というか、与信の審査がきちんとできていなかったというのが一番大きかったんだと、私はそう思っておりまして、これ甚だ遺憾だったと思っております。

また、当時、言われるように、財務省批判とか金融行政に関する批判等々が甚だ激しいころでもありましたので、そういった意味では、何となく、金融を監督する当時は銀行局だったかな、何となくちょっと引けた部分、引いて構えた部分もあったんだと思っておりますけれども、いずれにしても、これは当時の情勢で何となく、管理すると、すぐ金融に対する行政の介入というのは、何でもかんでもそういうのを言うのが好きな政党もいましたし、世論もそういうのがありましたので、そういった時代に流されて何となく決まっていったという経緯は、あのときを思い返しますとそういうのがありますので、これはきちんとした対応を業務上やるべきというのを、そこらのところは少し手が抜けていたのではないか。

それは、結果として、これを、申請を受理して認めたところからそもそも何となくという感じがしておりますので、これは私どもとしては十分に反省の上に立って今後対応していかねばならぬと考えております。

中山恭子君

やはり監督行政というものも非常に重要なことだと思っておりまして、その場合には、その場で、善かれと思ってという単語が適切でしょうか、その場しのぎの対応をした場合には後々に非常に大きな問題を生じさせるということが成り行きであろうと思っておりますので、冷たい心ではなくて、毅然とした態度で監督行政を行っていただきたいと、そのように考えております。

もう一点、国際会計基準について、同じような論点になるかとは思いますが、金融庁の企業会計審査会で議論されている国際会計基準についてお伺いいたします。

上場企業に国際会計基準を義務付ける時期について、結論を見送る、当面見送る可能性があるとお聞きしました。現在の議論の状況それから今後の見通しについて、どうなっているかお聞かせいただきたいと思います。

国務大臣(麻生太郎君)

通称IFRS、インターナショナル・ファイナンス・リポーティング何とかと、大体こう片仮名の長いのが付いてきたやつは何となく怪しいなという、思って読まないかぬところなんですが、国際会計基準というので、世界中みんなこれをやっている、全部正しい、これがスタンダードに決まっているんだというような話に何となくなりやすいんですが、それはそういう簡単な話ではないんだと思っておりますので、これは企業会計審議会で今議論をいただいているところだと思っておりますけれども、この種の話が強制適用されるとか、何かいろいろ尾ひれ、背ひれが付いていろんな話が出ているように思いますけれども、今の状況で何らかの結論が得られるような状況にあるというように考えてはおりません。

いずれにいたしましても、これ、それぞれ国の生い立ち、会社の生い立ち、資本主義の成熟度合い、いろんなその国によって大分違いますので、我々としてはしかるべき対応をしておかねばならぬと思います。分かりやすいから、見やすいから何とかというのは、非常に公正に聞こえるような話もいっぱいないわけではありませんし、我々の方のやり方の方が正しいといえば、これはこれなりに理屈が両方立つところでもありますので、そういった意味では、世界中みんな百九十二か国全部同じルールで日本だけが違うというようなことになれば、それはまた話としては違うのかと思いますけれども、いずれにしても、そういったものを対応しながらきちんとした理解を得られた上でやらないと、何となく簿価で書いてあるのがけしからぬとかいう話でしょう、あれは。簿価で書いて何で悪いんだという話もありますので、そういった意味ではいろいろ御意見の分かれるところだということは承知しておりますので、極端なことにならないように注意してまいりたいと考えております。

中山恭子君

大変、ちょっとほっとするようなお答えいただきまして、有り難いことだと思っております。

日本には現在、国内基準、米国基準、国際会計基準、いろいろな基準が存在して、併存していますけれども、考え方として、やはりどうしてもヨーロッパ中心の基準というものが、そこに合わせておくということは必要であるとは思いますが、そちらの方が非常に正しいのだというような考え方というのも非常に強くあると考えております。

この場合には、日本だけではなくて新興国の問題ともかかわってくると思っておりますので、日本の社会には日本型、日本基準というものが何らかの形で残せたらよいのではないかと考えております。その場合、ヨーロッパの考え方では強いことイコール正義という、これが西洋文明の非常に大きな特徴だと考えておりますが、日本では弱い者へのいたわりというものが基礎にある。この日本文化というものがやはりヨーロッパの文明とは違っている、でも決して価値が劣るものではない、優劣のあるものではないと思っておりますので、このヨーロッパ社会の基準に対して、日本が持っている、古くから持っているその基準をどのように調整していくのか、非常に難しいことであるとは思いますけれども、やはりヨーロッパの人々に対してきちんと説明をし、説得をし、場合によっては、ヨーロッパのそういう基準と日本の基準の間の何らかの調整を図るツールというものを真剣に考えた上で調整を図っていく必要が、その準備をする必要があると思っております。

その点、もう一言、いかがでございましょうか。

国務大臣(麻生太郎君)

御存じのように、中山先生、日本の場合は、ヨーロッパと言われましたけれども、日本の場合、ドイツの場合、韓国の場合、これは基本的に税理士が発達しております。会計士はほとんど、余り評価される対象ではありませんでした。代わりに、アメリカ、フランス、イギリス等々は会計士が発達して、税理士はほとんど発達していなかったと。

どうしてそういう違いが起きてきたのかといえば、私のこれは独断ですけれども、多分、会社を始めるときに、中山、俺、会社するから金を貸せという日本、ドイツ等々は、金を借りる、その場合は配当はしなくてもいい、すなわち会社が黒字にしなくてもいい、金利さえ払えばきちんとなります。資本というか重商主義の時代のあれが少なかったためとも思いますけれども、ところだと思っております。ところが、アメリカの場合は、俺、麻生、俺が会社やるから資本を出せと、投資しろと言うわけです。投資を受けた本人は、金を払う場合はそれは配当しか基本的にはありませんので、外から見た会計が必要なんで、公認会計士が発達した。多分、公認会計士と税理士の発達の歴史は、これがそういうことになったんだと思いますけれども。

ヨーロッパの場合とも、これはアメリカの場合とも、また全然やり方が違っておりますので、何となく、国際基準というと世界中というように、日本語というのは不思議な言葉で、インターナショナルと付けば何でも全ていいように聞こえるんですけれども、これは大体、この種の話はちょっといかがなものかと思っておりますし、日本の場合は、こういった基準のせいか何か知りませんけど、少なくとも大化の改新、一千五百年の昔にわたって今日まで綿々と続いている会社、一千五百年ぐらい続いている会社というのは、神戸の金剛組始めそういった会社が現実存在していますけど、ヨーロッパにそんな会社は一つもありませんし、アメリカ、アメリカは千年もありませんから無理ですけれども。

その他、いずれにしても、そういった何百年続いている会社というのは日本はいっぱいあるんで、これは、日本の場合、起業が少ないというけど廃業も少ないというのが日本の会社の基本なんだと思っておりますが、それとこの会計基準とが直接関係していると思っているわけではありませんけれども、そういったことまで考えて、我々はこの基本の基準とかこういったものを、我々にとって都合のいいものは受け入れた方がいいのかもしれませんけれども、日本の国益を考えてやらぬと、うかつな話に変に乗ると後々痛いことになりかねぬと思って対応していきたいと思っております。

委員長(藤田幸久君)

中山恭子さん、時間が参りましたので、おまとめをお願いいたします。

中山恭子君

大変心強い御答弁いただきまして、今日は本当に幸せな一日でございます。

ありがとうございました。質問を終わります。


 
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